THE BLOG 月光値千金

月見坂物語
To The South
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To The South

2011/08/22/Mon

PART2 3 フロッグと奇襲作戦

 男は舞い上がる砂埃を遠くに見つけた。
それは誰かが、彼の家へと向かっていることを意味していた。
ネバダの砂漠奥深く、百マイル四方に人の気配などまったくない、
乾ききったこの荒野。自殺志願者でもない限り、
踏み込むことなどあり得ないこの場所。

 「フロッグ、どうやらお客のようだ」

 男は双眼鏡から目を離し、傍らに寝そべる大型犬に話しかけた。
しかしフロッグと呼ばれるその犬は、
気だるそうに片目を開け男を見るが、動かない。

 「ああ、分かったよ。俺一人で様子を見に行くとするか」

 ブルマスチフとアルゼンチンゴートとの雑種、フロッグ。
彼は尾を数回振っただけで、それ以上は動かなかった。
そんなフロッグに男は肩をすくめ、砂漠迷彩のジャケットを手に、
灌木でカモフラージュされたガレージへと。
迷彩塗装されたオフロードバイクのスターターキックを軽く二三回踏み、
それから男は力強く踏み込んだ。
バイクは2スト特有の甲高い唸りを上げ、
マフラーから白煙を吹き出す。
男は砂埃を上げる訪問客に気付かれぬよう、彼らの後ろへと回り込む。
そして見晴らしの利く丘へとバイクを走らせた。

 高台の下に広がるのは荒野、あるいは砂漠。
わずかな灌木、そしてセイジブッシュ。この乾ききった大地は、
そう、何処でもない何処か。
だからこそ、この大地は誰に対しても平等だった。
この大地に立つ者、
誰にも平等に生とのチャンス死を与えていた―――死を恐れる者には死を。
そして死を敬う者には生を。大地は囁いていた―――死を畏れよ、死を受け入れよ。
砂漠、それは優しさ、大地の優しさ。
生きることを諦めた者には死を、
そして生きる事を諦めない者には、時として少しだけのチャンスを。

 生、そして死。
 歩き続け、そして。
 その先には、渇き。

 砂漠を彷徨う亡霊達の囁き・・・遠い昔に見たオアシスの夢、
やわ肌の温もり。しかしそれは死を受け入れた者達の幻覚。
そして、歩くことを諦めた者達の幻想は、Sweet & Mellow.
彷徨う者達は、Sweet & Mellow.
そして死に魅せられた人々の鎮魂歌―――Sweet & Mellow.

 男は岩陰に伏し、双眼鏡で砂漠を疾走する車をしばらく観察する。
双眼鏡を置いた男は年のせいか、独り言を―――ダッチ・モナコ、
物好きが。何を捜すか、レイ。
男は訪問客、レイを確認すると自宅へと引き返した。
男の家は砂漠の小高い丘の斜面に築かれた、ほとんど半地下の要塞。
しかも完璧にカモフラージュされ、周囲の景観と完全に同化していた。
初めて男の家を訪れるレイが、この場所を見つけ出すのはまず不可能だった。
しかし男はレイを迎えに行こうとはせず、
半地下の要塞から砂漠を走るモナコを、ただ眺めるだけだった。

 「さて、レイには連れがいるようだが、
フロッグ。トラップにはまった彼らは、どうするか・・・
砂漠に留まるか、それとも引き返すか?」

 夕暮れ前に男は、レイとミゲルがキャンプの準備を始めたのを確認する。
男はフロッグを連れ、大型機材を積んだトラックで乗り出し、
レイ達に気付かれぬよう砂漠を走った。キャンプ場所の近く、
丘を挟んで反対側にトラックを止め、男は間近に迫る闇を静かに待った。
沈む砂漠の太陽、そして刻々とその色合いを変える空―――
そう、ここは何処でもない、何処か。そして砂漠。
 闇の中、助手席でフロッグが小さく吠えた。
 闇の中、死んだように動かなかった男は手を伸ばし、フロッグの頭を軽く撫でた。

「分かった。そろそろ歓迎会をい始めようか」

 その声にフロッグは尾を振った。
 トラックを降りた男は助手席のドアを開け、
フロッグを呼ぶ。そしてM60軽機関銃とバッグを担ぎ、
闇の中を慣れた足取りで丘を登り始めた。
レイ達のキャンプを300メートル先に見下ろす場所に腰を下ろし、
軽機関銃をセットする。
次に大き目のボタンが付いた、無線コントロールのスイッチボックスをフロッグの前に置いた。
男はスイッチボックスの安全装置を解除し、小さく叫んだ。

「フロッグ、行け!」

 フロッグが前足をボタンの上に乗せた。
 丘の麓に止めたトラックに積まれた大型スピーカーから、
大音響のジミ・ヘンドリックスのアメリカ国家。
それと同時に、数十発以上の照明弾が連続発射。
砂漠の闇は一瞬にして、真昼のパーティータイム。
そして男は、闇に走る曳航弾の軌跡を愛しむかのように、軽機関銃を射ち続けた。

「よし! 奇襲は成功だ」


〈INDOプロフィール〉 1954年7月、北海道生まれ。東京のデザイン専門学校を卒業後、石川県金沢でバンド活動。1980年、25歳で日本を出国、ギリシャを拠点にテキヤなどで資金を作りながらアフリカ、北米、中米の長期旅行。1985年、再びギリシャに戻り不良外人にしてストリートミュージシャン、フルートを吹きながら西ヨーロッパを回る。1993年、拠点をオランダに移し、ストリートミュージシャンとして生活しながら短編小説を書き始める。1997年、42歳で日本に帰国し十年ほど鉄工所勤務。その後、小説に集中しようと退職。

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